シンガーソングライター/プロデューサーの Dijon が、2025年8月15日にR&R/Warner Recordsから待望の2ndアルバム『Baby』をリリースしました。
前作『Absolutely』(2021年)はインディR&B/オルタナティブの文脈で大きなインパクトを残し、各メディアから「年間ベスト」の評価を獲得。その後の4年間、彼は音楽シーンから一時的に距離を置き、プライベートでは家族を持つという大きな転機を迎えました。
そんな彼が沈黙を破って放つ本作『Baby』は、単なる続編ではなく、人生の変化そのものを刻んだ「家庭のドキュメント」であり、同時に“現代ポップの未来”を提示する大胆な実験作です。
発表までの伏線
リリースの数か月前から、ファンの間では新作をめぐる憶測が飛び交っていました。
Instagramに突如現れた“謎のトラックリストのスクリーンショット”。さらに公式サイトには『Baby』へのカウントダウンタイマーが設置され、SNS上では「ついに帰ってくるのか」と熱狂的な反応が広がりました。
この仕掛けの巧みさもまた、Dijonのアーティスト性を象徴しています。大々的な宣伝やシングルリリースは一切なし。それでも、わずかな手がかりだけでファンの期待を膨らませることができるのは、彼がすでに“カリスマ的存在”として認知されている証拠です。
音楽活動の広がり
2025年上半期、Dijonはすでに目まぐるしい活躍を見せました。
- Bon Iverの最新作 『SABLE, fABLE』 への参加。
- Justin Bieberのアルバム『SWAG』での楽曲提供(「DAISIES」「DEVOTION」など)。
- そして映画監督ポール・トーマス・アンダーソンの新作 『One Battle After Another』 に出演。最新トレーラーではレオナルド・ディカプリオと並んで姿を見せ、その多才ぶりを印象づけた。
音楽シーンのみならず、映画の領域まで活動の幅を広げている点は、彼が単なるミュージシャンに留まらず、総合的なアーティストへと成長していることを物語っています。
前作『Absolutely』の衝撃
2021年に発表されたデビュー作『Absolutely』は、ただの新人の第一歩ではありませんでした。The FADER、i-D、NPRをはじめとする主要メディアから「その年を代表するアルバム」と評され、リスナーと批評家の双方からの支持を獲得。
特に、ダイニングルームでの親密なライブを収めた映像作品『Absolutely the film』や、『The Tonight Show』での「Big Mike’s」演奏は、音楽と映像の新しい関係性を切り開いたと評価されています。
“アルバムをどう見せるか”という領域において、Dijonはすでに革新者だったのです。
『Baby』の制作背景
今回の新作『Baby』は、Dijonが自宅で、家族とともに過ごす日々の中で生まれました。共同制作者として Andrew Sarlo、Henry Kwapis、Michael Gordon といった気心の知れた仲間が参加。制作はほぼ孤立した環境で行われ、私的で閉じた空間から、かえって普遍的な響きを持つ音楽が生み出されています。
アルバムでは、父親となった彼の目線から「家庭」というテーマに挑戦。
愛情と幸福に満ちた瞬間もあれば、戸惑いや不安、そして生活のカオスが押し寄せる場面もある──Dijonはその感情の揺らぎを、曲ごとに異なる音楽的アプローチで描き出しています。
サウンドの特徴とテーマ
『Baby』の核心には、Dijon特有の 内省的なソングライティング があります。しかし今回は、実験性がさらに強調された仕上がりに。
- 「Baby!」:甘美なR&Bから突如ノイズの洪水へ。まるで生活の予期せぬ混乱をそのままサウンドに変換したよう。
- 「Another Baby!」:ファンクを軸にしつつ、唐突な転調やボーカルの多層化が、子育て初期の感情の乱高下を表現。
- 「FIRE!」:静謐なピアノから轟音ノイズ、そしてゴスペル的カタルシスへ。人生を一変させる出来事をそのまま音で描いたかのような組曲。
アルバム全体は、なめらかさとは無縁。しかしその断片的なカオスの背後には、常にキャッチーで人懐っこいメロディセンスが潜んでおり、リスナーは不思議と引き込まれていきます。
AIが大量の楽曲を生み出す時代において、彼はむしろ「人間にしか作れない音楽」を追求。計算不能な展開、揺らぐ感情、予測不能な爆発──そこには数値化できない“人間的リアリティ”が刻まれています。
まとめ
Dijonの『Baby』は、ただのセカンドアルバムではありません。
彼が父親となった現実と、そこから生まれる混乱や喜びを「音楽の冒険」として再構築した、きわめて個人的かつ普遍的な作品です。
『Absolutely』で築いた評価を超えることは困難だと多くの人が考えていたかもれません。しかし『Baby』は、それとはまったく異なるアプローチで、新たな傑作としてリスナーの心を揺さぶることでしょう。
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