Venerus『Speriamo』聴きどころ|絶望の時代に鳴らす、イタリア発の希望の音楽

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Photo from Venerus's Facebook

何度聴いても新しい発見がある音楽が、世界にはまだ存在している。イタリア・ミラノを拠点に活動するシンガーソングライター、Venerusはまさにその一人。2025年11月7日にリリースされたサード・アルバム『Speriamo』は、ぜひ一度手に取ってほしい作品だ。

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Venerusとは何者か

Venerusは、ミラノのボヘミアンなロフトを拠点に、ポップ、ジャズ、ファンク、R&B、ヒップホップ、エレクトロニカ——あらゆるジャンルを自在に横断するアーティスト。

ライブ会場から郊外のレイブ、音楽院まで、その姿はあらゆる場所に現れる。特定のシーンに属さず、常に自分の音楽的な好奇心に従って動いているタイプ。いわば「音楽オタクが行き着いた先にいる、天才」とでも言えばいいだろうか。

彼の音楽はミラノ産まれでありながら、都市からの精神的な逃避やサイケデリックな旅を想起させる。聴いているうちに、じわじわと体の奥に染み込んでくる感覚がある。Blood OrangeやNourished by Timeが好きな人は、きっとピンとくるはずだ。


『Speriamo』——絶望の時代に鳴らす、希望の音

タイトルの「Speriamo」は、イタリア語で「うまくいくといいね」というニュアンスを持つ言葉。決して楽観的とは言えないこの時代に、それでも音楽の持つ力を信じてアルバムを作り上げた——その姿勢そのものが、すでに一つのメッセージになっている。

前作『Il segreto』は一発録りのコンセプトアルバムだった。今作はその反対。2年半という歳月をかけ、まず言葉だけを書き続けることから始まったという。「音楽がなくても成立する言葉を書きたかった」とVenerus自身が語るように、今作では歌詞が主役。フレーズを互いに読み上げ、言葉だけで心が動くかをテストするという作業を繰り返した。

アルバムのプロデュースはFilippo Cimattiが担当し、アートワークの油彩画はAndrea Cleopatraが手がけている。ジャケットには中世後期の「アダム」を思わせるポーズで木に寄りかかるVenerusの姿。バイクを傍らに置いたその絵は、アルバム全体に漂うロマンティックでアナログな空気感を象徴している。


全15曲——多彩な顔を持つアルバムの世界

収録曲は15曲(リリース当初は14曲だったが、後に1曲追加)。これだけ曲数が多くても、飽きさせない。それがこのアルバムの大きな強みだ。

オープニングの「La Moto (Alizée)」は、柔らかく甘美なエピソードのような一曲。バイクを題材にしながら、その佇まいは繊細で好奇心に満ちている。続く「Impossibile」では80年代ダンスミュージックを思わせるサウンドが炸裂し、一気にテンポが変わる。

「Felini」では一転してアコースティックギターが主役となり、アパートの猫や鳩を歌ったリアリスティックな歌詞が展開。地中海的でありながら南米的なエッセンスも感じさせるメロディは、思わず聴き入ってしまう。「Quello che resta」はピアノと歌だけで構成された独白のような曲で、アルバムの中でも特に感情を揺さぶる瞬間のひとつだ。

そして、アルバム初回リリース後に新たにトラックリストへ加わった「Sentire」。Angelina Mangoとの対話を通じて描かれるこの曲は、二つの声が織りなす静謐な瞑想のような一曲だ。Venerusはこの曲について、「存在の前に立つ時に感じる『空虚さ』について歌っている」と語っている。静寂から生まれ、繊細なバランスの上に立つような感覚——それはまさに、このアルバム全体を貫くテーマの核心そのものだ。言葉で説明しようとすると、どこかこぼれ落ちてしまうものがある。それでいい、とこの曲は教えてくれる。

「Okay」も忘れてはならない。Altea、amanda lean、not for climbingという3組を迎えたこの曲は、R&Bの色彩を帯びた異色のトラック。余計なアドバイスを浴びせてくる人々の言葉を並べながら、荒涼とした虚無感と深い孤独を描いている。華やかなゲスト陣とは裏腹に、曲が纏う空気はひんやりとしていて、それがかえって印象に残る。アルバムの中でも特に刺さる一曲だ。

ゲスト陣も豪華だ。MaceやSide Baby、Jake La Furiaが参加した「Cool」、Gemitaizとのコラボによるグルーヴィーなラップトラック「Un giorno triste」、CosmoPとのバラード「Tra le tue braccia」など、共演者それぞれが楽曲を彩るだけでなく、コンセプトを完成させる役割を担っている。遠隔でのファイル送受信ではなく、シチリアの海辺やイヴレアへ一緒に出かけて作り上げたという制作スタイルもまた、音楽への本気度を感じさせる。

アルバムを締めくくる「Sesso」は、郷愁から始まりお祭り騒ぎのような熱狂を経て、最終的には祈りのような静けさに着地する。そして、この曲を特徴づけるのが「闇は光の母。闇がなければ光も存在しない」という日本語の詩の一節だ。制作中、Venerusはある海外のウェブラジオで日本語の詩の朗読が流れてくるのを耳にした。その繊細な響きに直感的にピンときた彼はすぐにスマホで録音し、この楽曲に組み込んだという。その後、日本人の友人に改めて朗読してもらい、詩の内容を教えてもらった時、「完璧だと思った」と語っている。偶然の出会いから生まれたこの一節が、アルバムの最後を静かに、しかし力強く締めくくっている。終わり方が美しい。


なぜ今、このアルバムを聴くべきか

近年、音楽の消費スピードはかつてないほど速くなっている。Spotifyでトレンド入りし、1週間で忘れられる曲もあふれる中で、Venerusは真逆の方向を向いている。

「音楽はいつだって奇跡を起こしてきた。暗闇にいる人々に、すがりつける何かを与えてきた」——彼はそう語る。そのまっすぐな言葉を、音に変換したのが『Speriamo』という作品だ。

ポップでありながら実験的、都会的でありながら温かい。ジャンルの垣根を超えながらも、どこかひとつの「家」のような統一感がある。優れた作家の小説を読み始めるような感覚で、1曲目から最後まで聴き通せる稀有なアルバムだ。

Venerusを知らなかったあなたへ。今すぐ再生してみてほしい。

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