イバダンから始まった物語
taves(本名:Aluko Toluwanimi)は、ナイジェリア出身の若手シンガーソングライター。
幼少期をポートハーコートで過ごし、8歳前後でイバダンへ移住。9歳の頃にはすでに曲を書き始めていたという早熟なキャリアの持ち主で、ギターも独学で習得。2019年、兄の後押しを受けて初めてスタジオに足を踏み入れたことが、本格的な音楽活動のスタートラインになった。
出自の描写は媒体によって微妙に異なり、「ポートハーコート生まれ、のちにイバダンへ移住」とする表現もあれば、単に「イバダン出身」とするものもある。いずれにせよ、イバダンという街が彼の音楽的アイデンティティに強く根を張っていることは間違いない。
R&Bを軸に、ジャンルの垣根を越えていく
taves自身は、自分をいわゆる主流のAfrobeatsアーティストとは位置づけていない。R&Bを自分の音楽の核と捉えながら、Afrobeats、ポップ、さらにはフォークポップや80年代ポップの要素までも柔軟に取り込んでいる。
影響を受けたアーティストはAsaの名を筆頭に、そのほかKhalid、Ed Sheeran、Future、Lil Uzi Vert、BNXN、Nonso Amadiなど、ジャンルも国境も幅広い。「一つの箱に押し込められたくない」という姿勢は、彼の音楽そのものにも一貫して表れている。
転機となったBNXNカバー、そして積み上げてきた下積み
taves最大のブレイクスルーは、2022年に発表したBNXN「For Days」のカバーだった。この一曲がきっかけとなり、To Your Ears Entertainmentとの接点が生まれ、やがてAtlanticとの契約へとつながっていく。
とはいえ、彼は決して突然現れた新星ではない。2019年、2020年、2021年と、すでに複数のEPをリリースしており、数年単位で自身のサウンドを積み上げてきた実績がある。「For Days」カバーは、その蓄積が一気に可視化された瞬間だったといえるだろう。
2023年に発表された「Eleyele」は、その年最初のリリース曲として紹介され、プロデュースはDenzlが手がけた。
2024年3月には「Folake」のヴィジュアライザーが公開。taves は「ジャンルを横断するシンガーソングライター」として紹介されるようになる。続く同年6月の「A Million Things」では、R&Bとポップの持ち味にAfrobeatsのタッチを溶け込ませた、高揚感のあるメロディックな一曲を披露し、彼のサウンドの振れ幅をより明確に示した。
「Uche Jumbo」──ポップ史への接続
2026年6月にリリースされた「Uche Jumbo」は、taves のキャリアにおいて大きな話題となった楽曲。この曲は、Wizkidは2011年に発表した「Don’t Dull」を公式に初めてサンプリングした作品として位置づけられている。プロデュースはArieenatiとOG Sterlingが担当。世代を越えてナイジェリアン・ポップの系譜に自らを接続する野心的な一曲であり、taves が一つの音の型にはまらないアーティストであることを改めて印象づけた。
Popstar – Side A──内面へ向かう「ポップスター」
2026年7月、taves は8曲入りのアルバム『Popstar – Side A』をリリース。客演を一切排し、本人の声だけで構成されたこの作品は、愛、自己発見、欲望、そして成功を追い求める現実といったテーマを扱う、極めてパーソナルな仕上がりに。
タイトルが示す通り、このプロジェクトは「Side A」、つまり物語の前半として設計されている。続編や別フェーズを想定した「全体の一部」としての性格が強く、taves という人物の輪郭をまず提示する第一章と言える内容だ。
興味深いのは、そのジャンル表記が媒体によって揺れている点。Afropop、Afrobeats/Afro-Fusion、Afrobeats/Alternativeなど、呼び方は様々だが、このブレそのものが taves の音楽をひとつのジャンルに固定できないことの証left明でもある。「ポップスター」という華やかな看板を掲げながら、中身はむしろ内省的でR&B的な繊細さを保っている──そのギャップこそが、この作品の核心だ。
収録曲が描く感情の曲線
作品全体は、一つの感情の流れとして聴くことができる構成になっている。
- Chaos(オープナー):野心や人間関係、自己発見に伴う感情の混乱を描く導入曲。作品全体のトーンを設定する役割を担う。
- Deliver Me:個人的な苦しみからの癒しと、重荷から抜け出したいという願望を描き、作品の内省性を深める一曲。
- Space:距離を取ること、成長、不確実さの中での明晰さをテーマに、感情を吐露するだけでなく一歩引いて自分を見つめるフェーズを担う。
- Take Me Away(クロージング):平穏、逃避、感情的な自由への希求を歌う締めくくりの曲。
オープナーからクロージングまで、一つの物語を描くように配置されている点が、アルバムの構成的な強さだ。
華やかさと内省の同居──taves というアーティストの本質
「ポップスター」という言葉は、本来なら派手さや外向性、スター性を連想させる。しかし「Popstar – Side A」で繰り返し語られるのは、むしろ vulnerability(脆さ)や自己発見、感情的な正直さといったキーワードだ。taves は「スターになった自分の姿」を誇張して見せるのではなく、「スターになろうとする過程で揺れる感情」そのものを作品の素材にしている。
そこに、「Uche Jumbo」というポップ史へ接続する野心的な一曲を同じ作品の文脈に置くことで、taves は外向きの野心と内向きの誠実さを同時に成立させている。この両立こそが、彼を単なる「新人Afrobeatsシンガー」の枠を超えた存在にしている理由だろう。
まとめ
taves は、R&Bを芯に置きながらAfrobeats、ポップ、実験的な音像を横断するナイジェリアのシンガーソングライター。ポートハーコートからイバダンへと移り住んだ幼少期、9歳から始めた作詞作曲、そして2022年のBNXN「For Days」カバーを転機に、彼は着実にキャリアを積み上げてきた。
2023年の「Eleyele」、2024年の「Folake」「A Million Things」を経て、2026年には「Uche Jumbo」でポップ史への接続を果たし、8曲入りの『Popstar – Side A』で現在の美学をより明確に打ち出している。
「ポップスター」という看板の裏側にある、揺れ動く感情と成長の記録──taves の今の姿を知るなら、このプロジェクトから聴き始めるのがいいだろう。

