英国の新首相、アンディ・バーナムがThe Quietusの人気企画「Baker’s Dozen」で明かしたのは、単なる“お気に入りの13枚”ではない。本人いわく、それは「人生に影響を与えた作品」や「重要な瞬間と結びついた作品」のリストだ。
The Beatles、The Smiths、The Stone Roses、New Orderといった英国ロックの重要作から、Big Thiefのような比較的新しい世代の作品までが並び、彼の音楽遍歴と北西イングランドのカルチャーがくっきり浮かび上がる内容になっている。
中でも印象的なのは、この13枚がすべて“思い出”と結びついていること。子ども時代に初めて音楽へ深く引き込まれた瞬間、マンチェスターに惹かれていった青春、政治の世界に身を置きながら音楽に救われた時期、そして子ども世代から新しい音楽を教わる現在までアンディ・バーナムの選盤は、まるでひとつの自伝のよう。それでは、アンディ・バーナムが選んだ13枚の作品を紹介する。
The Beatles『1962-1966』
まず1枚目は、The Beatlesの『1962-1966』。いわゆる“Red Album”として知られる編集盤だ。バーナムは、母親がリヴァプールのCavern Club世代だったこともあり、幼い頃から家でビートルズが流れていたと語る。特にジョン・レノンの死後に聴いた「Twist And Shout」の生々しく荒々しいボーカルには強く心を揺さぶられ、「初めて本当に音楽を聴いた体験」として記憶しているという。音楽の原点を語る一節として、この作品は記事の導入にもふさわしい。
The Smiths『Hatful of Hollow』
2枚目のThe Smiths『Hatful of Hollow』は、彼にとって“最初に買ったインディー作品”だった。80年代前半、何を聴けばいいかわからなかった時期に、学校で話題になっていたThe Smithsを知り、Piccadilly Recordsで買って聴き込んだという。リヴァプール生まれでありながら、音楽やファッションを通じてマンチェスターに強く惹かれていった、その入り口にあったのがこのアルバムだった。
The Pogues『Rum, Sodomy and the Lash』
3枚目のThe Pogues『Rum, Sodomy and the Lash』は、彼自身のルーツに深く触れる一枚。家族の系譜をたどる中で、自身のアイルランド系の背景をあらためて意識するようになったバーナムは、The Poguesの音楽に“深いレベルで反応した”と振り返る。1988年のライヴ体験も忘れがたい記憶として残っており、「The Sick Bed Of Cuchulainn」や「Poor Paddy」に宿る熱気や荒々しさは、単なる好み以上の意味を持って彼の中に残っている。
The Stone Roses『The Stone Roses』
4枚目のThe Stone Roses『The Stone Roses』は、マンチェスター音楽の洗礼そのものと言っていい。大学時代、友人に渡されたカセットがきっかけでこのバンドに出会い、「ずっと待っていたものに出会った」と感じたという。1989年夏のBlackpool Empress Ballroom公演の記憶も鮮烈で、マンチェスターの音楽文化と自分自身が結びついた瞬間として、このデビュー作は特別な意味を持っている。
The Wedding Present『George Best』
5枚目はThe Wedding Present『George Best』。派手な物語性よりも、長く寄り添ってきた愛聴盤として光る一枚だ。バーナムは“高揚感のあるギターバンド”への愛着を語り、このアルバムをそうした美学の頂点と表現する。David Gedgeの会話のように自然な歌い回しも魅力として挙げており、英国ギターポップの良さを端的に伝える作品として紹介しやすい。
The La’s『The La’s』
6枚目のThe La’s『The La’s』は、多くの人にとっては「There She Goes」の一曲で知られる存在かもしれない。だがバーナムは、このアルバムがそれだけでは終わらないことを強調している。The Stone Rosesと並んで、あまりに鮮烈に輝きながら長く続かなかったバンドとしての儚さも、この作品の魅力の一部だ。短い時間に凝縮された才能と、失われた可能性への惜しさが、この一枚には漂っている。
Billy Bragg『William Bloke』
7枚目のBilly Bragg『William Bloke』は、音楽と政治がもっとも近い距離で交差する作品だろう。ニュー・レイバー政権が始まる頃、政府で働き始めた自分の状況と、このアルバムに収められた「From Red To Blue」や「Upfield」、そして「Northern Industrial Town」の視線が重なったと語っている。希望と懐疑が同居するBilly Braggの歌は、政治の内側にいた彼にとって強いリアリティを持って響いたようだ。
Radiohead『OK Computer』
8枚目はRadiohead『OK Computer』。意外なのは、彼がこの名盤にすぐ夢中になったわけではなかったこと。最初はそこまで強く結びつかなかったものの、2017年のグラストンベリーで観客が「Karma Police」を大合唱する映像を見て、あらためてこのアルバムの価値を実感したという。政治的な敗北を経験し、人生の転機にあった時期に再発見された作品という点でも、いかにも“人生を形づくった13枚”らしい選出だ。
Doves『The Last Broadcast』
9枚目のDoves『The Last Broadcast』は、2000年代中盤の空気を象徴する一枚として語られる。バーナムはこの頃を“音楽的に不毛な時期”と感じていた一方で、Dovesの登場に強く救われたという。政府閣僚として多忙な日々を送りながらも、この作品には自分が育った北西イングランドの音楽的伝統が息づいていると感じていたようだ。
The Strokes『Is This It』
10枚目はThe Strokes『Is This It』。この作品について彼は、ほとんど迷いなく“完璧なデビュー作”という趣旨で評価している。後続作も悪くないが、この一枚には最初の衝撃ならではの魔法がある。The La’sやThe Stone Rosesのように、デビュー時点で世界観が完成されていたバンドの系譜として捉えている点も興味深い。
Big Thief『Capacity』
11枚目のBig Thief『Capacity』は、このリストの中でも世代の更新を感じさせる一枚。きっかけは息子で、マンチェスターのSoup KitchenでBig Thiefを観たことから家にその熱気を持ち帰り、バーナム自身もこのバンドを深く聴くようになったという。Adrienne Lenkerの歌声を特別なものとして語っており、親から子へではなく、子から親へと音楽が受け渡される構図が美しい。
New Order『Power, Corruption and Lies』
12枚目のNew Order『Power, Corruption and Lies』もまた、家族とのつながりを感じさせる作品。こちらも息子の影響であらためて聴き直す機会が増え、2019年のBluedot Festivalで聴いた「Your Silent Face」の記憶や、ロックダウン期に繰り返し再生した感覚と結びついている。若い頃の思い出だけでなく、あとから人生に入り直してくる名盤があることを、この一枚は教えてくれる。
Courteeners『Falcon』
そして最後の13枚目が、Courteeners『Falcon』。北西イングランドの世代感覚を体現するアルバムとして選ばれており、特に「Take Over The World」は彼にとって特別な曲だった。2015年の労働党党首選キャンペーン初期、スティーヴ・ロザラムと肩を組んでこの曲を歌った思い出は、そのまま当時の希望や高揚感と重なっている。ライヴ・バンドとしてのCourteenersの強さも含め、このアルバムはリストの締めくくりにふさわしい。
この13枚を通して見えてくるのは、アンディ・バーナムにとって音楽が単なる趣味ではなく、人生の局面を刻む記録そのものだということだ。The Beatlesで音楽に目覚め、The SmithsとThe Stone Rosesで北西イングランドの文化に引き寄せられ、Billy BraggやRadioheadで政治と現実を見つめ、Big ThiefやNew Orderでは家族や現在の時間とつながり直していく。その選曲には、彼がなぜ音楽文化に当事者意識を持つのかが自然とにじんでいる。
実際、その姿勢は政策にも表れている。Music WeekとBillboardによれば、バーナム率いる英国政府はイングランドのパブ、クラブ、ライブ会場に対し、2027年4月から追加で20%の事業税軽減を行う方針を打ち出した。業界団体はこれを歓迎しつつ、なお支援の拡充を求めている。好きな音楽を語ることと、音楽の現場を守ろうとすること。その二つが地続きであることを、この13枚のリストは静かに物語っている。


