第67回グラミー賞授賞式が2025年2月2日にロサンゼルスで開催されます。11月2日にノミネーションが発表される今年のグラミー賞戦線には、Taylor Swift、Billie Eilish、Charli XCX、Sabrina Carpenter、Chappell Roanといった大物アーティストたちが名を連ねていますが、思いもよらない新星が加わりました—アイルランド南西部出身の9歳から12歳の子どもたちによるグループ、Kabin Crewです。彼らの「The Spark」は再生回数20億回を突破し、政治家からStormzyまで、幅広い支持を集めています。
Kabin Crewのメンバーたちは、グラミー賞の最優秀ダンス/エレクトロニック・レコーディング賞と年間最優秀楽曲賞のノミネート候補に選ばれたことについて、タイムズに掲載された記事のなかでつぎのようにコメントしています。
「母が米を焦がしちゃったんです。私はショックで立ちすくんで『嘘でしょ、ママ、嘘でしょ』って」11歳のHeidiは、グラミーのニュースを聞いた瞬間をそう振り返ります。授賞式への出席が決まれば、“赤いドレスとバケットハット”で参加するのが彼女の夢です。
フラフープ好きで”Hoops”の愛称を持つ9歳のClaraは、「ネオンイエローのボールガウンを着るつもり」と目を輝かせます。一方、11歳のMartinの関心は別のところにあります。「Eminemに会えたらいいな。さぼらずに来てくれることを祈ってます」
まだ「The Spark」を聴いていない?ぜひ聴いてテンションを上げてみて。「僕のペンがページに火を付ける…車の中で聴けば、ロードレージ間違いなし」。ドラム&ベース(EDMの一ジャンル)のビートに乗せた彼らの言葉は、純粋な中毒性を持つヒット曲となりました。
スタジオから世界へ
「The Spark」は、コークのKabin Studioで生まれました。ここでプロデューサーのGarry McCarthyが、無料のラップ・ヒップホップワークショップを開いています。「陳腐に聞こえるかもしれませんが、創造性と音楽には、若者たちの自信を育む魔法があるんです」と彼は語ります。「幼いうちに芸術に触れることで、世界は少しずつ良くなっていく。そう信じています」
思いがけない成功
Martinも音楽の力を実感する一人です。「本当に本当に内気だった僕が、こんなに変われるなんて」と率直に語ります。11歳のDylanも共感を示します。「落ち込んだ時は、何かを書いてビートを作って、それを録音する。自分を表現できる最高の方法なんです」
5月に「The Spark」が公開された当初、Garry McCarthyの心境は複雑でした。アイルランドの子どもたち向け創作活動の祭典「Cruinniú na nÓg」のテーマ曲として丹精込めて制作したものの、最初の2日間は数百回の再生数に留まったのです。「これが精一杯かな」と思っていた矢先、状況は一変します。
TikTokで急速に広がり始めた曲は、瞬く間に20億回再生を突破。その理由を10歳のCarleighは躊躇なく説明します。「私たち、子どもだけど才能があるんですよ」
アメリカのNational Public Radioが「The Spark」を“新鮮で中毒性のある楽曲”として紹介。その後はアイルランド最大の音楽祭Electric Picnicや、ベルギーのPukkelpopなど、大きなステージへの出演が続きました。
多様性が生み出す力
Kabin Crewの拠点となるコーク市北部ノックナヒーニー。この地域について、Garry McCarthyは慎重に言葉を選びます。「経済的に恵まれているとは言えない場所です。10代の頃は“危険な地域”というイメージしかありませんでした。でも今、私たちはその認識を変えようとしています。“あそこは音楽が生まれる場所”と思ってもらえるように」
「The Spark」には、ナイジェリア、コソボ、ジョージアからやってきた若いメンバーたちも参加しています。彼らは難民としてクレア州リスドゥーンバーナのセンターで生活しながら、Garry McCarthyのアウトリーチプログラムに参加。Nicki Minajに影響を受けた彼らの夢は「有名になって憧れのスターに会うこと」とナイジェリア出身の9歳のMercyは話します。
グループの活動の規模は大きくなっていますが、移民としての身分上の制約から、メンバーの一部はアメリカ渡航が難しい状況です。「外務省と協議を進めているところです」とGarry McCarthyは説明します。
アイルランドの新しい音楽シーン
アイルランドのラップシーンは、近年大きな変化を遂げています。北アイルランドのトリオ、Kneecapの活躍と、彼らを追った同名ドキュメンタリー映画の成功は、その象徴と言えるでしょう。彼らはアイルランド語を取り入れた政治色の強い楽曲で注目を集めています。Garry McCarthyも「たとえ『cúpla focal(数語)』だけでも」とアイルランド語の使用に意欲を見せます。
地元のアクセントを活かしたラップも、新鮮な魅力として受け入れられつつあります。「若い頃は誰もがアメリカンアクセントを真似ていました」とGarry McCarthyは回想します。「友人たちは『アイルランドなまりのラップなんて』と否定的でしたが、今は違います」
未来への展望
今年の夏、アイルランド与党Fine Gaelが無断で「The Spark」を選挙広告に使用し、批判を浴びる出来事がありました。党は謝罪と共に寄付を申し出ましたが、Garry McCarthyはその金額には触れません。「それは重要ではありません。寄付は子どもたちのためのワークショップに活用させていただきます」
突然の名声は、時に重荷となることもあります。しかし11歳のMartinは、驚くほど達観しています。「終わってほしくないけど、良いことには終わりがあるものなんだ」。12歳のEllaはさらに前を見据えています。「たとえグラミーに選ばれなくても、もっと大きなことが待ってる。これからもヒット曲を作り続けよう」
史上最年少のグラミー賞受賞者たち
・ Blue Ivy Carter(9歳66日)
BeyoncéとJay-Zの長女。2023年のRenaissanceツアーでダンスパフォーマンスを披露し、存在感を示しました。2020年には母が手がけた『ライオン・キング:ザ・ギフト』収録の「Brown Skin Girl」のミュージックビデオでグラミー賞を共同受賞。
・LeAnn Rimes(14歳182日)
「How Do I Live」で知られるカントリーシンガー。1997年、楽曲「Blue」で史上最年少の個人受賞者となり、カントリー歌手初の最優秀新人賞も獲得。その後5度のノミネートを重ねるも、受賞には至っていません。
・Lorde(17歳80日)
ニュージーランドが誇るポップスター。16歳で発表したアートポップ「Royals」が米国チャート1位を獲得。グラミー賞では最優秀楽曲賞と最優秀ポップソロパフォーマンス賞を受賞。ローリング・ストーン誌は同曲を史上最高の楽曲の一つに選出しています。