ハリー・スタイルズが帰ってきた。
約3年半ぶりとなる4枚目のソロアルバム『Kiss All The Time. Disco, Occasionally.』が、2026年3月6日にリリースされる。『Harry’s House』で2022年のグラミー賞・ブリット・アワードの両方で年間最優秀アルバム賞を受取った後、彼はすべてのスピードを落とした。ツアーを終え、イタリアへと身を隠し、マラソンを走り始めた。その沈黙が、今作を生んだ。
「音楽に再び恋をする必要があった」
2023年夏に「Love On Tour」を終えたとき、彼は22ヶ月間——あるいは、ワン・ダイレクション結成から数えるなら13年間——走り続けていた。立ち止まることは、選択ではなく必然だったのかもしれない。
イタリアに滞在していた時期、ハリーはあえて観客として、ファンとして、音楽を浴びたという。LCDサウンドシステムを何度も観に行き、「彼らが音楽に没頭する姿を見ていると、ただただ喜びに満ちていた」と語っている。ベルリンのナイトクラブのシーンに足を踏み入れ、ダンスフロアの熱気の中に沈み込んだ。
「ダンスフロアで感じた、楽器の音や音楽性に没入する感覚を再現したかった」と彼は言う。「ステージの上でも同じように感じたいと思った。皆と一緒にそこにいるという感覚に」
その体験が、新作の核心にある。
アルバムの音像——これは「ディスコ」ではない
タイトルから華やかなスタジオ54を想像した人には、少し意外な作品かもしれない。
キスシーンはほぼ皆無で、ディスコの享楽的な輝きとも距離がある。代わりにそこにあるのは、重低音の効いたダンスミュージックだ。ファンキーなシンコペーション、軽快なドラム——ジャズバンド、Sons Of Kemetのトム・スキナーが多くの楽曲で演奏を担当している。
LCDサウンドシステムの影響は明白だ。しかしそれだけではなく、トム・トム・クラブ、アート・オブ・ノイズ、ギャング・オブ・フォーといった1980年代の実験的アーティストのエッセンスも混在。ハリー自身はマンチェスターの実験的バンド、デュルッティ・コラムの名も挙げており、その発言にデュルッティ・コラムのフロントマン、ヴィーニ・ライリーが「ハリー・スタイルズが誰か知らないが、ググってみるよ」と驚いたというエピソードも残っている。
ポップスターが選ぶには、かなりマニアックな座標だ。
また、今作でのハリーはグルーヴィーなサウンドの上を、ふわりと自由に漂うような歌い方が印象的。踊れる音楽なのに、どこか夢の中にいるような浮遊感がある。この組み合わせの妙こそが、今作の個性であり、ハリーにしか生み出せない質感をつくり出している。
歌詞が映し出す——ポップ界で最もファンキーな実存的危機
今作においてハリーは、明らかに重大なテーマと向き合っている。
彼の歌詞は一貫して均衡を失った人間関係を描く。他人の意図を疑い、自身の動機を問い、自分がどこに立っているのか必死に確信を持てずにいる。「待っているんだ/今、僕を愛してる?/愛してる?」——「The Waiting Game」でのこのフレーズは、うずくようなドラムパターンに乗り、胸に刺さる。
ロマンティックなバラード「Coming Up Rose」でさえ、最後に不安感を残して終わる。ワン・ダイレクション時代の「清純すぎる幻想」を拒絶し、暗く歪んだ欲望を暗示する「Pop」。優しくかき鳴らされるアコースティックナンバー「Paint By Numbers」では、自分に押し付けられたイメージに「囚われている」と歌う。
16年間スポットライトを浴び続け、元バンドメイトのリアム・ペインを突然失ったことも、今作に影を落としているかもしれない。そのことを思えば、この問いかけに満ちた歌詞は、決して自意識過剰な内省ではない。切実な、人間としての声だ。
しかし彼は、ファンを置き去りにしない。
リードシングル「Aperture」の緩やかな加速は美しく、「American Girls」には生意気な自信が漂う。今夏のウェンブリー・スタジアム公演で、この曲が圧倒的な迫力を放つ光景は容易に想像できる。そして「Dance No More」——「母親を敬え」と合唱を導くこの曲の愉快なまでの奇抜さは、スタイルズらしい遊び心に満ちている。
走ることが育てた、新しいハリー・スタイルズ
今作を語るうえで、マラソンの話は避けて通れない。
2025年、スタイルズは3月の東京マラソン(3時間24分)と9月のベルリンマラソン(2時間59分)を完走した。ベルリンでは「ステッド・サランドス」という偽名で出場するほどの徹底ぶりだ。
マラソンとは、誰も代わりに走ってくれない営みである。音楽制作や演出には多くの人間が関わるが、42.195キロは自分一人で前に進むしかない。その経験が、今のスタイルズの言葉に宿っている。
「自分がやると決めたことをやり遂げる自分を信じる、という考え方を人生の他の場面でも見出した」と彼は語っている。「そのような自己の誠実さ(セルフ・インテグリティ)を持つこと。ランニングは自分自身との対話なのです」
また、村上春樹の著作『走ることについて語るときに僕の語ること』を愛読し、雑誌『Runner’s World』誌上では村上春樹との対談も実現した。「健康であることがアーティストとして長く活動することを可能にする、規律ある健康な人間であっても素晴らしい作品を作れるという指摘に、とても感謝しています」——村上への言葉は、そのまま今作のテーマにも重なる。

今作が示すもの
「Watermelon Sugar」のストレートな喜びとも、「As It Was」の切実な渇望とも、今作は少し違う場所にある。スタジアムを制するポップスターが、あえて宙ぶらりんの状態に留まり続けることを選んだ。その勇気は称えられるべきだ。
岐路に立つアーティストの肖像として、これは強く引き込まれるほど複雑な作品だ。
「Aperture」や「American Girls」から入り、徐々にアルバム全体へと耳を広げていくのがいい。LCDサウンドシステムやギャング・オブ・フォーを知っているなら、より深いところで楽しめるはずだ。いずれにしても、これは2026年を代表する一枚になりうる。
なお、アルバムのリリースを記念したポップアップストアが東京・渋谷区神宮前にて3月6日(金)〜8日(日)の3日間開催される。限定版アルバムやアパレル、グッズが並ぶ予定で、アメリカン・エキスプレスのカード会員はオープン1時間前に先行入場が可能だ。



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